「…ソル、また帰って来ない…。まぁ、いつものことか」 ソファーに体を投げ出し、気怠そうにテスタメントは口に出した。 勝手に現れては勝手に出かけていく、気儘な男。 そんな男を何故、いつも喜んで出迎え、また待っているのだろう。 あの男がいなければ家事もする気にはなかなかなれず、テスタメントは、彼にしては珍しく、のんびりと気怠い午後を過ごしていた。 愛している、と思うのは傍にいるときだけで、そこにいないと、本当にそうなのかと自分が疑わしく思えてくる。 「さて・・・今日はどうしようかな…」 自分一人の為に食事を作るのもかったるいし。 いっそのことこのまま寝ていよう、と起き上がって寝室に向かおうとすると。 −みんごーん♪− 一瞬、ソル?と思ったが、ソルが呼び鈴を鳴らす筈もなく、少し期待した自分を笑った。 「…あ、こんにちわ、テスタメント」 ドアの外にいたのは、思いがけずディズィーだった。 「ディズィー…。どうしたんだ、珍しいな」 「あの…近くまで来たもので、それで、一緒にお茶でも飲みたいと思ったんですけど、ダメでしょうか?」 一心に見上げる純粋な瞳は、以前ここにいたときと少しも変わっていなかった。 「あぁ、そうか。私は構わないよ。さ、上がって」 「あ、できれば船の方に来て頂きたいんです。団長もいいって言ってくれたから」 テスタメントの脳裏に一人の男が浮かんだ。 黒メガネの伊達男、現在のディズィーの保護者の姿が。 何となく苦手な感じがあるが、折角久しぶりにディズィーが誘ってくれたのだし、ソルも当分帰って来ないだろうし、テスタメントは行くことに決めた。 「嬉しい。じゃあ、早速行きましょう」 手を取らんばかりにして喜ぶディズィーの姿を見ると、ほっとする。 「じゃあ、ちょっと待っててくれ、支度をしてくるから」 「はい」 テスタメントは急いで奥へ向かった。 数分後。 「…あの、テスタメント、それは、一体…?」 ディズィーが指差した先には、テスタメントの腕に抱かれた手乗りサイズのソル、らしきもの。 「何って、ソル。この間の誕生日にソルがくれたんだ」 「なっ・・・!」 あの男が、こんな気の利いた(?)ものをプレゼントしているなんて…! 「お前が一人でも淋しくないようにって♪ さ、行こう」 そのちんまいソルは、ディズィーを牽制するような鋭い目つきで見つめていた。 「あの…それ、連れて行くんですか?」 一人前にヘッドギアもミニ封炎剣も持っている。 「あぁ。一人で置いていくと、ソルが拗ねるから」 ほっぺにすりすりしている、テスタメントの表情はとても幸せそうだった。 『二等身にデフォルメしたって、相変わらず可愛くない男ね』 という内心の呟きなどそれと悟らせず、ディズィーはにこやかに承諾した。 「そうですか、あ…じゃあチビちゃんも一緒に…」 ここで、計画は大きな齟齬を生じたのであった。 それから二日後、思ったよりも早くソルが出稼ぎから戻って来た。 賞金首が、案外近くに逃げて来ていたのである。 「もうちっとかかるかと思ったが…早く終わってやれやれだぜ。…テスのヤツ、待ってんだろうな」 心なしか足取りも軽い。ソルは珍しく上機嫌だった。 予定より早く会えるのが、彼なりに嬉しいらしい。 しかし、いつも喜んで迎えてくれる筈の愛人の姿は、そこにはなかった。 テーブルの上に一枚のメモ、紛れもないテスタメントの流麗に整った筆跡である。 『ディズィーと一緒にメイシップへ行ってきます。2,3日で戻ります。×月×日』 日付からすれば、もう戻ってもいい頃だった。 ソルは一気に不機嫌になった。 自分は勝手に現れて勝手に消えるくせに、まことに勝手な男である。 だが、戻るという言葉を信じて、それから更に二日、ソルはその家で待った。 「・・・戻ってこねぇじゃねぇか」 不吉な予感がした。 テスタメント本人のことは余り心配していないが、妙にぼけぼけしているだけに、騙されてどこかに連れて行かれた可能性はゼロではない。 それに、ディズィーが絡んでいるからには、無事では済まないかもしれない。 危害を加えられるのではなく、帰ってこないかも知れないのだ。 あの、妙に恨みがましいような目を、ソルは思い出した。 テスタメントに向けていた、幸せそうな笑顔とは全く違う表情を、ソルは知っている。 「…だが、あいつを連れて行くとはな。テスにしちゃやるじゃねぇか」 あいつとは、自分がテスタメントの誕生日にプレゼントしたちびソルのことである。 「さて・・・あいつの気配は・・・」 ソルは目を閉じ、己の分身の気配を探った。 ![]() 「ん〜? そりゃぁ、まぁこの船がメイシップだからなぁ」 目の前の男は悠然とそう答えた。 室内では帽子は外しているものの、サングラスだけは外さないらしい。 彼なりの美学であろう。勿論、裸にコート、というセンスも変わらない。 「分かっている、そんなことは」 「じゃあ、問題解決だな。さ、飲んでくれ」 テスタメントは大きな溜息をついた。 ここはジョニーの船室である。 今日はディズィー、明日はメイ、というように色々な人物に呼ばれてお茶をしたり、食事をご馳走になったりしていて、今日はジョニーの番だった、という訳だ。 「・・・ソル、熱くない?」 出された紅茶をスプーンですくってフーフーし、テスタメントはテーブルに胡座をかいているちびっこいソルの前に差し出した。 「・・・なぁ、前から聞きたかったんだが、ソレ、生き物なのか?」 「そうだ。ソルが自分で作ったんだって。可愛いだろう?」 にこにこと微笑む笑顔がとても幸せそうだった。 以前の悲壮で刺々しい雰囲気は微塵もない。 「…細胞分裂か、やっぱりアンビリーバブルな男だぜ」 芝居がかった仕種で両手を広げて見せる。 そうとしか言い様がなかった。 「…それはそうと、空飛んでたら、私が帰れないじゃない。どこで下ろしてくれるの?」 「さぁてねぇ…、まだ何にも決めてないからなぁ」 テスタメントの表情が一変した。 「…下ろしてくれないの?」 一瞬、ジョニーでさえドキリとするような不安そうな表情。 どこか頼りなげで、もしも女性なら、迷わず守ってやりたくなるような。 その瞬間、ちいまいソルがテスタメントに飛びついた。 テスタメントの不安を感じ取ったのだろう。 「ソル・・・」 うんせうんせ、とテスタメントの体を昇り、肩に座った。肩乗りソルである。 その小さい体を慈しむように撫でる。 「悪いが、レイデーからの依頼でね。お前さんを帰したくないそうだよ」 一瞬の動揺から立ち直り、ジョニーはそう言った。 ディズィーは、ソルなんぞと一緒に暮らしていたら、テスタメントが壊されてしまう、と心配しているらしい。 それで、今回の話になったのだが、無論、そこまではジョニーも言わなかった。 「…下ろして」 「そいつは不可能だぜ、ここは海の上だ」 先程とは打って変わった決然とした表情で、テスタメントは顔を上げた。 ちびソルを腕に抱いて立ち上がる。 「…私は、ソルの所に帰らないといけないの。だから帰して」 「おいおい、帰さないとは言ってないぜ。それじゃ、俺が悪者だ。ただ、何時になるか分からないだけでね」 既に、この時点で誘拐確定である。 「じゃあ飛び降りる」 「なっ…! 正気かい、お前さん。ここは高度・・・」 「私はギアだから。それに、ソルがいれば私は無敵!」 胸にソルを抱きしめてテスタメントは昂然と言い放った。 ジョニーは呆気にとられた。頭痛がしてくる。 確か以前はこんな風ではなかったと思うが…。 「…ラジャー。近くで下ろしてやるから。ディズィーにアイサツでもしてくるんだな」 まさか、ここまでソルに惚れているとは思ってもいなかったジョニーであった。 さすがの色男も、毒気を抜かれた感じである。 「本当? 下ろしてくれるの?」 ぱっとテスタメントの表情が明るくなった。 これで本当に「忌まわしき生体兵器」ギアなのであろうか。 「ありがとう、ジョニー。じゃ、ディズィーに挨拶してくる」 ぱたぱたと走り去るテスタメントの足音を聞きながら、ジョニーは溜息をついた。 「・・・あれで、女だったらねぇ…」 丁度その時、レーダーが不審な飛行物体をキャッチした。 「何かが、…何かが物凄い勢いでこちらに向かっています…!」 「総員戦闘配置について! ボクが様子を見てくるから!」 指示を下しているのはメイだ。 肩に得物である碇を担いで、甲板へ向かう。 「おぉっと、待った。お前さんはここで俺のパーフェクトなファイトを見てるんだ」 「あ、ジョニー!」 既にいつもの戦闘用の身支度を整えたジョニーはデッキへ向かった。 「…てめぇ、スケコマシ、いやがったな」 スケコマシって言うのも、かなり死語か? 「ソル・・・、あんただったのかい、やっぱりな」 甲板で風に煽られているのは、やはりソルだった。 「さて、…テスを返して貰おうか」 既にソルは封炎剣を構えている。 「相変わらず物騒だねぇ。…あんたのレイデーは中にいる。下りたら連れて帰ってやんな」 「何処だ?」 だが、探しに行くまでもなかった。 「あ、ソル…!」 今の騒ぎで船内はざわついており、ディズィーが見つからなかったテスタメントが運良くこちらへやって来た。 「ソル〜」 ぽん、と抱きつく。 ソルはその細い体を強く抱きしめた。 「…よし、お前もよくやったな」 自分の分身を誉めてやる。ちびは得意そうに胸を反らした。 恋人同士の邂逅に、軽く肩を竦めるジョニーだった。 「…どうしても、行ってしまうんですか」 ディズィーが哀しそうな顔で呟く。 「うん、ごめんね、ディズィー。私は、もうソル無しでは生きられないから…」 『…てか、悪いのは、テスじゃなくて、誘拐しかけたこいつだろうが』 「…じゃぁ、また遊びに行ってもいいですか?」 うるうると涙を溜めた目で見上げる。 『こいつ、邪魔しに来る気だな』 ソルは直感的にそう感じた。まず間違いないだろう。 「あぁ、いいよ。いつでもおいで。そう、よければ、ジョニー達も連れて」 『テスのヤツもノってんじゃねぇよ。こんなのが押し掛けてきたらうぜぇだろうが』 「嬉しい!」 「・・・おら、帰るぜ」 どさくさに紛れて抱きついたディズィーを強引に引き剥がす。 二人の視線が火花を散らしたが、テスタメントは気づかなかったようだ。 「あ、うん。じゃあね、ディズィー、ジョニーにも宜しく」 「はい。それじゃあ、また」 二人は仲良く寄り添って帰って行った。 勿論、テスタメントの肩にはお手柄のちびがちょこなんと座っていた。 だが、パーティーはまだ終わった訳ではなかった。 「あれ、手紙・・・」 ポストに、繊細な封を施した手紙が入っていた。 「…あ、カイからだ」 がさがさと開いて見ると、それはお茶会の招待状だった。 「ねぇ、ソル〜、カイがね、お茶会に来て欲しいんだって」 「あ? 坊やが? 行くことねぇだろ、今帰って来たばっかなのによ」 ひどく上機嫌な顔で、テスタメントはソファーに腰を下ろした。 隣りに座るソルの胸に甘えるように寄り掛かる。 「あのね、夫婦同伴でなんだって〜♪ ねぇ、行こうよぉ」 「何…?」 …それが、カイの企みなのかもしれない。 夫婦同伴という(テスタメントにとって)甘い餌で誘き寄せ、のこのことやって来たところで、また「本気で戦ってくれ」とか言い出すつもりなのかもしれない。 「…しつっこい坊やだぜ」 ふと見ると、テスタメントが出席の返事を書いているところだった。 「行くな!」 「え〜、どうして? ねぇ、ソルは私と一緒に行きたくないの?」 小首を傾げて見上げる、その姿が可愛かった。 「・・・俺は、お前と二人きりでいたいんだよ」 テスタメントは莞爾と微笑んだ。 「うん、…嬉しい・・・」 誰もいない小屋で、二人はしっかりと抱き合った。 〜後日〜 それでも、お茶会に出席の返事を出してしまったテスタメント。 誘われると、断れないのが彼の性分らしい。 渋るソルをどうやって説得したかは、…二人だけの秘密である。 |
終 |
イギア様のサイトでキリ番踏んで書いて頂きました。「ソルがいれば私は無敵!」なんてさらりとすごい殺し文句カッコイイ!! 友人の神谷さんから挿し絵もせしめて大満足です。 |