紅 の 罪  
 
散り敷く薔薇の褥、横たわる白い裸形。
乱れ、のたうち、黒髪をうねらせた影など微塵も残さず。
安らかな寝息たて、束の間の眠りを貪る人。
ひいらり、一枚の花弁。
血の滴る如く、白い肌に舞い落ちる。
男の本能を煽り立てる、悩ましき姿態。
男はそっと口づける、その白い額に。
閉ざされていた睫毛が震えながら開かれる。
赤い薔薇、赤い瞳。
「行く、のか…?」
「あぁ……」
ただ、それだけ。
胸に去来する想いを、どちらも口にはせず。
男は黙って背を向けた。
押し殺した、低いため息。
差し伸べようとして抑えた手が、シーツを握りしめている気配を感じる。
一歩、二歩……。
歩きかけ、なお去りかねて男は小昏い部屋に戻る。
乱れた寝台に、真紅の花に囲まれて座す、黒髪の麗人。
グラスの奥の瞳が、哀婉な眼差しを受け止める。
男は手を伸ばし、その細い体をかき抱いた。
「あぁ……」
抱擁に押し出されるように、切ないため息が聞こえる。
白い頬を伝い落ちるのは、何の涙か。
行かないでくれと、一言そう言えたなら。
言い出せぬ言葉を封じるように、優しい口づけ。
愛しているから愛されたい、その遣りきれない苦しさを救ってくれたのは、この男だった。
愛されるということが、これほど安寧と満足を与えてくれるとは知らなかった。
飽きもせずに互いの舌と唇の感触を貪り、互いの背に回した腕の熱さに陶然とする。
軋る寝台、舞い散る赤い薔薇。
溺れてしまう、この腕に、愛撫に。
心弱くなった自分を受け止めてくれる人だから。
刹那なるが故に、一層激しく狂おしく灼き尽くされたい。
あぁ、せめてこの一瞬をだけを胸に。
だが……。
現実は二人を引き戻す。
男には帰るべき場所がある。
彼には待たねばならぬ相手がいる。
触れ合い、惹かれあっても決して一つにはなれぬ、それが定めなのか。
「ジョニー……」
「…来るかい?」
やや躊躇った後、彼は頷いた。
「あぁ、たまには、悪くないな…」
名残惜しく黒髪にまといつく真紅の花弁を、男はそっと摘み上げた。
それは、男が彼に贈った花だった。
「…帰したくなくなるかもしれないが、な」
「それも…悪くはないな…」
詮無い睦言に、二人は微かに笑った。

せめて、束の間の安らぎを…。
愛する者よ、私はお前を忘れている訳ではないのだから。
ただ、求めるにはお前は遠い。
私の手が届かぬほど。
だから、この一時を赦してくれ。
そうすれば、私はまたお前を待つことができるのだから。
愛する者よ……。

 

イギア様から2002年の暑中見舞いとして頂いたもの。洗練された耽美な映像イメージに酔いました。


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