おやすみも云う前に
首を落としても、そのギアはまだ暴れ狂った。ヘッドギアに隠された眉間に不機嫌なしわを寄せるソルの視界を、鮮やかな紅の軌跡がかすめる。このタイプは、肉の細切れになっても生きているという、意味がないほどに何とも生命力の強いギアだが、大鎌に四肢を切断されれば、もはや動くことは叶わなかった。切り落とされた脚はそれでも突進する動きを繰り返し、教会の床に血だまりを広げていく。
足元まで広がってきた血だまりに、ソルは無言で封炎剣を突き立てた。
ごぉう。
噴出した炎は、打ち捨てられた教会の石床を無数に走る亀裂を駆けめぐり、まだ温かい血を蒸発させていく。亀裂が大きく開いているところからは、大小の火の手が上がった。オレンジ色の炎と血だまりの照り返しが、鎌を収めるテスタメントの所作を赤く染め上げる。白皙の肌。闇色の髪と漆黒の衣裳。およそ色というものとは縁のないテスタメントに、唯一色のつく瞬間だった。
自分たちの狙いはギアのみだ。倒す価値もない魔物が寄ってくるのを避けるために、ソルはこうして狩りの後に血のにおいを消すことにしている。主な理由は面倒だからだが、こうして炎に照らされるテスタメントを見るのも密やかな楽しみのひとつであることを、彼自身意識している。
あの男の美学とやらは今も昔もまったくもって理解できないが、創造り出したモノが時に常軌を逸して美しいということは認めていた。

テスタメントもまた、秀麗な貌に不機嫌なしわを寄せていた。急な踏み込みに耐え切れず、ブーツのかかとが砕けていたのだ。自分と同じ立場にあり、そして人間なら、動きやすい靴を探すのに苦労するところだが、ギアであるテスタメントはそんなことは気にしなくてもいい。しかし苦労の度合いは同じだ。長さ、質感、サイズ、そして一番バランスが取れており、美しく計算されたヒールの高さ。ベルトのつけ位置。総てを備えた靴というのは世の中滅多にあるものではない。
(これはそういう貴重な一足だったのだが…)
形あるものは総て壊れ、壊れてしまったものは仕方ない。職人への感謝と、多少の未練と一緒に、彼はブーツを脱ぎ捨てた。
「じゃ、行ってくるぜ」
突き立った封炎剣をそのままにして、ギアの首を取り上げたソルの発言が、テスタメントの思考を現実に引き戻した。その微妙なニュアンスに、テスタメントは不機嫌の度合いを上げる。
この男は、これから同族であるギアの首を換金所に放り込み、大金をせしめるつもりだろう。だが、行ってくるとは? まだ突き立てられたままの封炎剣の意味は?
(待っていろ、ということか)
返事も聞かずに背中を向けるソルは傲慢だ。テスタメントが自分の意向に反することなど考えてもいないようだ。いや、歯牙にもかけないといったところか。
王の持つ傲慢さだった。
ソルの持つ王たる資質や風格を目の当たりにするたびに、怨み言を呟かずにはいられない。
なぜ、人間の側についたのか。なぜ、我々ギアを率いてくれなかったのか。ジャスティスではなく、ソルがギアをまとめ上げてくれていれば、自分たちはここまで悲劇的な運命をたどらずに済んだはずだった。
吐き出したため息が白かった。

街から教会へと引き返し、廃墟の姿の中にあのシルエットが見当たらなかったことは、少しだけソルをがっかりさせた。てっきり、白い顔を傲然と月にでも向けて、あの長い髪をたなびかせていると思っていたのにだ。首の代わりに持った包みが、急に邪魔に感じられた。
「やれやれだぜ」
封炎剣を回収しようと教会に入り込んだソルの、赤茶色の瞳がわずかに驚きに見開かれ、そしてなごむ。
そこには、封炎剣を軽く抱いて丸くなっているテスタメントがいた。ぬいぐるみを抱いて眠る幼な子のような無防備さだ。
そう云えば殺伐とした街にも、サンタクロースを待ちきれなくて眠ってしまった子供の曲がかかっていたなと、無邪気な寝顔を見て思い出す。
起こすのも興ざめだと、ソルは近くの壁に腰を下ろして、タバコに火をつけた。 ガラにもなくサンタの真似をしてみた、彼にとても似合いそうな黒い靴を、履かせてみるのはもう少し先になりそうだった。



石井由紀様からお歳暮に頂きました。2003のXmasイラストからイメージを膨らませて下さったとのこと。描き手冥利につきます〜(感涙)


BACK